IT企業がオフショア開発を活用する主な目的
日本のIT企業が海外の企業や拠点にシステム開発を委託する「オフショア開発」を活用する目的は、近年多様化しています。従来はコスト削減が最大の目的でしたが、近年では国内で不足するIT人材の確保がより重視される傾向にあります。日本では慢性的なITエンジニア不足が深刻であり(経済産業省の調査では2030年に約80万人のIT人材不足が予測。この人材ギャップを埋めるために海外の優秀なエンジニアを活用するニーズが高まっています。その結果、オフショア開発の目的は「コスト最優先」から「リソース(人材)確保」へとシフトしつつあります
もちろんコスト削減自体も重要な動機であり、中小企業を中心に依然としてコスト低減を期待して海外委託するケースはあります
しかし近年はオフショア先の人件費上昇や円安の影響で、以前ほど劇的なコストメリットは得にくくなっています。そのため、大企業などでは開発スピードの向上や高度IT技術の活用を目的にオフショアを利用する例も増えています。例えば、AI・ブロックチェーン・IoTといった先端分野の開発で海外の高度な人材を確保し、自社では難しい開発を推進するケースです。
また、24時間体制の開発やスケールメリットを得るために、複数の国のチームを使って開発を並行・加速させる狙いもあります。総じて、日本のIT企業は「コストだけでなく、人材確保と生産性向上」を見据えてオフショア開発を活用していると言えます。
BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)の市場規模と主要分野
IT企業による開発業務のオフショアだけでなく、バックオフィス業務などを外部委託するBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)も市場が拡大しています。国内BPOサービス市場規模は2022年度に約4.7兆円に達しており、毎年緩やかに成長を続けています。矢野経済研究所の調査によれば、このBPO市場は今後も拡大が見込まれ、2020年代後半には5兆円を超える規模に達する予測です。BPO需要拡大の背景には、日本企業の深刻な人手不足と働き方改革の流れがあり、限られた人材をコア業務に集中させるために周辺業務をアウトソーシングする動きが加速しています。
典型的なBPOの委託対象業務としては、以下のようなバックオフィス業務やサポート業務が挙げられます
- バックオフィス業務:人事・総務・経理・法務・給与計算など、企業内部の事務処理全般の代行。専門知識が必要な経理処理や人事労務手続きなども含まれ、人手不足や専門人材不在を補う目的で委託が増えています。
- カスタマーサポート領域:コールセンターやヘルプデスクなど顧客対応業務。電話・メール対応やユーザーからの問い合わせ対応を専門のBPO企業に委託し、サービス品質向上と24時間対応などを実現します。
- データ処理・入力:大量のデータ入力・集計や書類スキャン、システムへの登録作業など。煩雑で定型的な業務を外部に委ねることで自社の業務効率を高めます。
- その他の事務局業務:受発注管理、物流管理、受付・予約対応、営業事務など、日常的な事務作業全般。専門BPO企業のノウハウを活用して業務プロセスを標準化・効率化できます。
このようにBPOは企業のコア業務以外のプロセスを一括して専門業者に任せることで、コスト削減と業務効率化、さらには自社人材の戦略業務への集中を図る手段です。実際、日本国内BPO市場ではIT分野(システム運用管理代行など)と非IT分野(上記のバックオフィス等)の双方で需要が伸びており、2021年度〜2022年度にかけて3%成長、以降も年3〜5%程度の成長率が続く見通しです。背景には、日本の労働力人口減少による人材不足やDXの進展に伴う業務の高度化があり、企業は外部リソース活用によって効率化と専門性確保を進めている
主要なBPOサービス提供企業としては、総合アウトソーサー(大手通信企業系や人材サービス企業系)から、経理専門・人事専門など領域特化型の中堅企業まで多様なプレイヤーが存在します。昨今はRPAやAIを用いてアウトソーシング業務をデジタル化・自動化する動きもあり、デジタルBPOによる更なる効率化も注目されています。例えば経理BPOにAI-OCRを導入して伝票処理を自動化したり、コールセンターにAIチャットボットを導入するなど、人手とテクノロジーを組み合わせたサービス展開が進んでいます。
オフショア開発市場の主要な国:ベトナム・インド・フィリピンの比較
日本企業がオフショア開発を委託する相手国としては、ベトナムが近年最も人気の高い国となっています。近年、新規のオフショア案件の多くがベトナムに集中しており、日本企業の間でベトナム人気が突出しています。中国やインドも依然存在感はあるものの、コストや言語・文化面での相性からベトナムへのシフトが進んでいることが読み取れます。
- ベトナム: 日本企業にとって現在最も選ばれているオフショア先です。背景には、ベトナムが親日的な国民性を持ち、日本人と価値観が近く協業しやすいことがあります。ベトナム人は勤勉で真面目な人が多く、日本企業との相性が良いとされています。また地理的にも日本に近く時差は2時間以内、コミュニケーション上のタイムラグが少ない点もメリットです。近年は国としてIT人材育成に力を入れており、高度な技術を持つ若いエンジニアが増加しています。日本語教育にも熱心で、日本語のできる人材が豊富なため言語の壁も比較的低い傾向。人件費は日本に比べれば安いものの、優秀人材の給与は年々上昇しておりコスト面のギャップは縮まりつつあります。総合すると、「文化的親和性」「人材の質と量」「適度なコストメリット」によりベトナムは対日オフショア先として高い評価を得ています。
- インド: 世界的に見ればITオフショアの代表格であり、豊富な高度IT人材を抱える巨大マーケットです。インドには高度な技術力を持つエンジニアが多数存在し、英語が共通語のため欧米企業との取引が盛んです。日本企業にとっても、AIやデータ解析など先端技術でインドの専門企業と協業する例があります。ただし一般的に日本語人材は少なく、コミュニケーションは英語ベースになるため日本語しか話せない場合はハードルがあります。またインドのエンジニア人件費も近年高騰しており、特に一流人材のコストは決して低くありません。時差が約3時間以上あり、昼夜逆転まではいかないもののプロジェクト進行上スケジュール調整が必要になる点も留意点です。まとめると、インドは「技術力と人材層の厚さ」で優れる一方、「言語・時差・コスト」で日本企業には課題もあるため、特定の分野(先端技術開発など)で選択される傾向があります。
- フィリピン: フィリピンはBPO(特に英語圏向けコールセンターなど)で世界的に有名ですが、システム開発分野でも日本企業に利用されています。フィリピン人は英語が公用語の一つであり、英語によるコミュニケーションが取りやすいメリットがあります。日本語話者は多くありませんが、日本との時差はわずか1時間程度と非常に小さいため、リアルタイムでのやり取りがしやすく開発プロジェクトを進めやすい環境です。人件費はベトナムと同程度かやや高めとも言われますが、それでも日本国内よりは低コストで雇用できます。ただしフィリピンでは優秀なIT人材は主に英語圏案件に流れる傾向があり、日本向けには言語面で制約もあります。とはいえ近年はフィリピン拠点で日本企業向けにサービス提供するケースも増えており、特に24時間の英語サポートが必要な開発運用案件や、英語ドキュメントが多いプロジェクトなどで重宝されています。
このほか、日本企業は中国やミャンマー、バングラデシュなどにもオフショア開発を委託しています。中国はかつて対日オフショアの主力でしたが、昨今は人件費高騰や地政学リスクからシェアを落としつつあります。ミャンマーやバングラデシュは人件費が安く親日国という利点がありますが、インフラや体制面の発展途上な側面もあり限定的な利用に留まっています。近年は東欧(ポーランドやウクライナなど)もオフショア先候補に挙がりますが、日本企業の場合は言語や時差の壁が大きく、ベトナムほど一般的ではありません。総じて、日本のオフショア市場では「ベトナム一強、次いで中国・インド、その後にフィリピン等が続く」という構図になっています。特に新規案件の多くがベトナムに流れていることから、ベトナムの存在感が年々高まっている状況です。
ベトナムのオフショア開発市場:実績と規模の推移
ベトナムは近年、日本のオフショア開発ニーズを支える最大の受け皿となっており、その市場規模も急成長しています。2023年時点で、ベトナムのIT企業が海外(主に日本など)から得たソフトウェア開発収入は75億米ドル(約1兆円)以上に達しました。これは前年(2022年)から約7%の成長で、年々着実に増加しています。その中で日本市場はこの収益の約60%を占めており、ベトナムのITサービス輸出において日本向けが最大の比重を占めています。実際、日本企業からベトナム企業へのオフショア発注が増え続けており、ベトナム側でも日本専門の開発会社や日系合弁の企業が数多く立ち上がっています。
この成長の結果、ベトナムのソフトウェア産業全体でも売上高が拡大しています。ベトナムソフトウェア・ITサービス協会(VINASA)の推計によれば、2022年のベトナムのソフトウェア・ITサービス産業の総収益は約140億米ドルに達し、その中で日本企業からのソフトウェア開発委託需要は年間約300億米ドルある市場の6~7%をベトナム企業が担っているとされています。この対日売上だけでも数十億ドル規模に上り、ベトナムIT産業の重要な柱となっています。さらに注目すべきは、この分野(対日オフショア開発)の成長率が常に20~40%という非常に高い水準にある点です。年度によってばらつきはあるものの、二桁成長が続いており、市場規模は数年で倍増する勢いを見せています。
ベトナム政府の後押しも市場拡大に寄与しています。政府はIT産業を国家戦略の一つに位置づけており、「2025年までの国家デジタルトランスフォーメーション計画(DX)と2030年までのビジョン」を策定して産業育成に努めています
この政策によりITインフラ整備や人材教育への投資が進み、IT企業やスタートアップへの国内外からの投資も呼び込まれています。例えば教育IT(EdTech)の市場は2019年に20億ドル規模でしたが、2023年には30億ドルに達する見込みとされ、IT人材の活躍する分野が拡大しています。ベトナム国内の大学・専門学校でもソフトウェア開発教育が盛んで、若年人口の多さもあいまってエンジニアの供給は年々増加しています。これらの要因が相まって、ベトナムはこの10年ほどでオフショア開発大国へと飛躍し、2010年代に比べ市場規模は飛躍的に拡大しました(ICT産業全体では10年で16倍との推計もあります
具体的な実績として、日本企業との協業事例も数多く存在します。たとえば大手SIer各社はベトナムに子会社や開発拠点を構え、現地エンジニアと日本人PMが一体となってプロジェクトを進めています。金融系システム開発ではFPTソフトウェア(ベトナム最大手IT企業)が日本の銀行や保険向けに大規模開発を受託するケースや、Webサービス系では日本のスタートアップがベトナムの開発会社と提携してアプリ開発を成功させた例などが報告されています
成功事例では総じて「ベトナム人エンジニアの高いスキルと日本文化理解をうまく活用できている」ことが指摘されており、この点がベトナムの強みとして実績に表れています。
ベトナムオフショア市場の今後の成長予測(~2025年・2030年)
ベトナムのオフショア開発市場は、今後も力強い成長が続くと予想されます。短期的には、2024年の海外向けITサービス収入は約80億ドル、2025年には90億ドルに達する見込みとされており、対日ビジネスも引き続きその60%程度のシェアを維持すると見られています。日本のDX需要が高まる中、ベトナム企業への発注額も増え続けるでしょう。また、VINASAの分析する20~40%という高い成長率が維持されれば、2030年頃までに市場規模は現在の数倍に拡大する可能性もあります。仮に年率20%で推移すれば5年で約2.5倍、年率30%なら5年で約3.7倍にもなり得ます。極端なケースとして、Googleは**「ベトナムのデジタル経済全体」が2030年までに現在の11倍規模(2,200億ドル)に成長すると予測**しており、この中にはEコマース等も含まれるもののITサービス輸出も大きく貢献すると考えられます。
ベトナム政府の掲げる2030年ビジョンでは、同国を先進的なデジタル国家に押し上げる目標が掲げられています。行政手続のデジタル化やスマートシティ推進だけでなく、ソフトウェア産業の輸出拡大もその柱です。今後はベトナム企業がAI・IoT・クラウドといった最新技術領域でのサービス提供力をさらに高め、付加価値の高い開発案件を受注していくと期待されます。実際、AIやBig Data分野のプロジェクト対応件数は増加傾向にあり、最先端テクノロジーを求める海外企業からの需要が高まっています。
一方で、急成長に伴う課題として優秀な人材の奪い合いが激化する見通しです。ベトナム国内でもIT人材の給与は年々上昇しており、グローバル需要の増大とともに人材確保競争が激しくなるでしょう。若いエンジニアは転職によるキャリアアップ志向(いわゆるジョブホッピング)が強く、優秀層の定着率向上が業界全体の課題です。しかし人材育成策も強化されており、市場拡大に合わせて新規エンジニア供給も増える見込みです。日本にとっては、国内のIT人材不足(2030年に約80万人不足という予測)を補う上でベトナムは引き続き重要なIT人材供給源となると期待されています。以上から、2025年から2030年にかけてベトナムのオフショア市場は持続的に成長し、規模と質の両面で一段と発展していくと総括できます。
日本企業がベトナムでオフショア開発を行う際の課題と成功のポイント
ベトナムへのオフショア開発には多くのメリットがある一方、プロジェクトを成功させるために乗り越えるべき課題も存在します。ここでは、日本企業が直面しやすい課題と、それを克服して成功するためのポイントを整理します。
主要な課題:
- 言語の壁とコミュニケーション: ベトナムでは英語は比較的通じますが、日本語を話せる人材は限られます。そのため日本企業側の要件を正確に伝えるには言語ギャップへの対策が必要です。仕様書や設計書を明確に整備し、可能であれば日本語対応可能な開発会社やブリッジSE(通訳兼技術調整役)を配置することで誤解を減らすことが重要です。定期的な打ち合わせや進捗共有を怠らず双方向の密なコミュニケーションを図る体制づくりが不可欠です。
- 文化・ビジネス慣習の違い: 日本とベトナムでは仕事上の文化にも違いがあります。例えば、一般にベトナムの意思決定は日本より時間がかかる傾向があるため、タイトすぎるスケジュールはリスクとなります。またベトナム人は勤勉ですが、日本のような長時間残業の文化には慣れていない場合もあります。これらの違いを認識し、お互いの文化を尊重したコミュニケーションと現実的な計画立案を行うことが大切です。
- 品質管理の難しさ: 言語や文化の差異がある環境では、アウトプットの品質コントロールに注意が必要です。日本側の要求水準とベトナム側の認識にズレが生じると、成果物の品質に影響します。対策として、開発会社側がきちんと**品質管理プロセス(レビュー体制やテスト工程)**を持っているか確認することが重要です。日本企業も定期的に成果物をレビューし、必要に応じて現地に監査や技術指導を行うなど、品質を担保する仕組みを構築する必要があります。
- 人材の定着と技術継承: ベトナムではIT人材の流動性が比較的高く、プロジェクト途中でキーメンバーが転職してしまうリスクも考えられます。優秀な人材ほど他社から引き抜かれる可能性もあるため、ベンダー選定時には離職率やチームの安定性も考慮すべきポイントです。契約上で主要メンバーの継続を明記したり、ノウハウが個人に属しないようドキュメント整備を徹底することが望まれます。また、信頼関係を築きチームのモチベーションを高めることで人材の定着率向上を図る努力も有効でしょう。
成功のためのポイント:
- 橋渡し人材とチームビルディング: 上記課題を踏まえ、日本側とベトナム側をつなぐブリッジSEや日本語堪能なPMを置くことが成功の鍵です。異文化チームを一つのプロジェクトチームとしてまとめあげ、「オフショアではなくグローバル開発だ」という一体感を持つことが重要だと指摘されています。実際に成功した企業は、キックオフ時に十分な時間をかけて相互理解のワークショップを行ったり、定期的に日本とベトナムのメンバー交流を図るなどチームビルディングに注力しています
- 目標・課題の共有と責任分担の明確化: プロジェクトのゴールや品質目標を両国のメンバーでしっかり共有し、課題認識を統一することが成功の秘訣です。その上で、各メンバーの役割と責任範囲を明確に定義し、お互いの作業に対する理解と信頼を築きます。日本側も「任せきり」にせず適切に状況を把握し、ベトナム側も主体的に提案や報告を行うという双方向の責任意識を育てることがポイントです。
- 現地文化・人材の理解と活用: ベトナム人エンジニアの気質や強みを理解し、それを活かすマネジメントができている企業は成功率が高いとされています。ベトナムの技術者は日本語の理解力が高く、日本人の仕事観や義理人情の感覚もわかる人が多い傾向にあります。こうした利点を活かし、現地に何度も足を運んで対面でコミュニケーションしたり、勉強会や研修を通じて共通の開発手法・品質基準を身につけてもらう取り組みが効果的です。成功事例では、日本側からリーダークラスを定期的に派遣して現地チームと一緒に課題解決に当たったり、逆にベトナムのリーダーを日本本社に招いて研修するなど、相互訪問によって信頼関係を深めたケースが報告されています。
- 段階的な進め方(パイロットプロジェクトの活用): いきなり大規模開発を任せるのではなく、最初は小規模なパイロットプロジェクトやラボ型開発契約で様子を見ることも推奨されます。小さく始めて経験とノウハウを蓄積し、問題点を洗い出して改善していくことで、大きなリスクを避けながらオフショア活用に習熟できます。実際、多くの企業が「まずは小さな成功」を積み上げた後、本格的にオフショア比率を増やしています。
以上のように、ベトナムでのオフショア開発成功のポイントは「人間面のマネジメント」に集約されます。技術力やコストだけでベンダー任せにするのではなく、異文化チームをまとめ上げるリーダーシップとコミュニケーションが何より重要です。それさえ適切に行えれば、ベトナムオフショアはコスト削減に加え高品質な開発とスピード向上をもたらしうる、大きなメリットを享受できるでしょう。
ベトナムでオフショア事業を始める際に必要な情報(規制・税制・現地協力体制)
実際に日本企業がベトナムでオフショア開発事業に乗り出す場合、事前に知っておくべき現地の制度や進出方法があります。以下、主なポイントを解説します。
現地の規制(外資参入制限): 幸いなことに、ベトナムのIT・ソフトウェア開発分野は外資に対して基本的に開放されており、外国企業が100%出資で現地法人を設立することが可能です。他国のような外資比率の上限規制はなく、手続きを踏めば日本企業が全額出資の子会社をベトナムに作り開発拠点とすることができます。したがって現地パートナー企業との合弁でなければならない、といった制約はありません。加えて、日本にいながらベトナム企業に業務委託契約を結んでサービス提供を受けることも法的に問題なく可能です。
ベトナム側で外国契約者税などの納税義務が発生する点には留意)。まとめると、外資規制のハードルは低いため、日本企業にとって参入しやすい市場と言えます。
なお、事業内容によっては関連法規への遵守が必要です。例えば、開発業務で個人情報データを扱う場合はベトナムの個人情報保護法やサイバーセキュリティ法の規定を守る必要があります。国内企業にも課される共通ルールですが、オフショア開発でも日本から預かった個人データの管理には十分注意が必要です。また、知的財産権の扱いについても契約上明確に定め、成果物の著作権や発明の帰属、機密保持に万全を期すことが重要です。ベトナムの知財法制は整備されていますが、万一トラブルになった際のために契約でエスカレーション手順を決めておくと安心です。
税制・インセンティブ: ベトナムの法人税率は標準で20%と、日本の法人税より低めに設定されています。さらにソフトウェア開発事業は優遇対象となっており、現地にIT企業を設立すると大幅な税制優遇を受けられます。具体的には「初年度から15年間にわたり法人税率10%の適用」「課税所得が発生してから最初の4年間は法人税免除、続く9年間は法人税50%減免」という措置です。簡単に言えば、黒字化後4年間は法人税ゼロ、その後9年間は実質的に税率5~10%程度という非常に有利な条件になります。これら優遇は「ソフトウェア生産事業」に適用されるため、現地法人の定款目的をソフトウェア開発と定義すれば基本的に享受できます。ただし適用要件の細部や「生産」と「加工」の定義にグレーな部分もあるため、現地での税務申告時には専門家の助言を得て正しくスキームを組むことが必要です。それでも長期間にわたる税負担軽減は進出企業にとって大きなメリットであり、ベトナムがIT投資先として魅力的な理由の一つとなっています
現地協力体制と進出方法: ベトナムでオフショア開発を展開する方法としては、大きく分けて**(1) 現地の開発会社へ委託する(アウトソーシング)、(2) 自社の現地法人や開発拠点を設立する**の二つがあります。多くの企業はまず(1)の形で進め、ある程度の規模や安定性が見えてきたら(2)を検討するという段階を踏んでいます。
- 現地企業への委託: 比較的手軽に始められる方法で、日本にいながらベトナムの開発ベンダーに業務委託契約を結んでプロジェクトを実行します。ベトナムには日系資本のソフトウェア企業や、日本市場向けに特化した現地企業も多数あります。例えば日本人が経営しているベトナム開発会社であればコミュニケーション面で安心感がありますし、純粋なベトナム資本企業でも日本向け実績が豊富なところは日本語人材や品質管理ノウハウを備えています。自社で法人設立しなくてもよい分、初期コストや管理負荷が小さいのが利点です。委託先企業はオフショア開発ポータルサイトや紹介サービスを通じて探すことができ、案件内容や予算に応じて最適なパートナーを選定することになります。
- 現地法人の設立: ベトナムに自社の開発子会社や開発センターを設ける方法です。ある程度オフショア運用に慣れてきて、専属チームを自社で抱えたい場合に検討されます。現地法人を持てば自社文化に合った人材育成や秘密保持の徹底がしやすくなり、長期的には安定した開発力確保につながります。前述のとおり法人設立自体の規制ハードルは低く、税制優遇も享受できます。ただし設立には現地での登記手続、オフィス確保、人材採用、労務管理などクリアすべき事項が多々あります。拠点はハノイやホーチミン市が候補となりますが、日系企業サポートが充実しているハノイに設けるケースが多いようです。なお、現地法人設立を支援するコンサル会社や「ラボ型開発サービス」を提供する企業も存在します。ラボ型開発とは、現地ベンダーの中に自社専属チームを組成してもらい、自社の指揮下で開発するモデルで、現地法人設立前の中間的な形態として利用されます。ラボ型を利用すれば煩雑な法務・会計を意識せずに専属チームを動かせるため、まずラボで回しつつゆくゆく独立させる(Build-Operate-Transferモデル)という戦略も有効です。
最後に、現地で事業を行う上ではベトナムのビジネス慣習や法律に精通したパートナーを得ることが成功のカギです。進出初期にはJETROや現地の日系コンサルティング会社から情報収集・支援を受けるのがよいでしょう。会社設立手続きや労務・税務の実務対応については、信頼できる現地会計事務所・法律事務所と顧問契約を結ぶ企業も多いです。また、現地で優秀な人材を採用・定着させるには、競争力ある給与水準の提示やキャリアパスの提供など、日本国内と同様の配慮が必要です。ベトナムは親日的とはいえ文化の違う海外である点を念頭に置き、ローカルの専門知識と日本本社の方針をうまく融合させた協力体制を築くことが、オフショア事業参入の成功につながるでしょう。
まとめ
日本のIT企業におけるオフショア開発とBPOの活用状況を総合すると、人材不足とコスト効率化という課題に対する重要なソリューションになっていることがわかります。開発業務ではベトナムを筆頭に海外の優秀なエンジニアを活用し、国内では確保困難なリソースをグローバルに調達しています。一方で単純なコスト削減だけでなく、品質やスピードを両立させるには相応のマネジメント努力が求められます。BPOに関しても、バックオフィス業務を外部委託する動きが拡大し、企業はコア業務への集中と業務効率化を実現しつつあります。今後、日本国内の人材不足がますます深刻化する中で、オフショア開発やBPOの重要性は一層高まるでしょう。特にベトナムとの協業は、単なる発注先という枠を超えて「共に成長するパートナー」として位置づけられ始めています。
最新の市場データや専門家の見解からも、適切なリスク管理と信頼関係の構築によってオフショア活用の恩恵(コストメリット+付加価値)を最大化できることが示されています。日本企業がこれらの知見を活かし、戦略的にオフショア開発・BPOを活用することで、国際競争力の強化と新たな価値創出につなげていくことが期待されます。